偽りのヒーロー
結局、失敗のない生チョコをあげた。
見栄えはブラウニーのほうがいいかと悩んだが、ケーキを中心に商品を揃える紫璃の家のお店にと比較されそうなものは気が引けた。
せめて何か特別感を、と頭を悩ませたのだが、考えても考えても思いつかない。
ひねり出した考えが、チョコレートではなくラッピングへと考えが及んだところで、ようやく悩みは終焉を迎えた。
所詮は素人の作ったチョコレート。多少料理を嗜むといってもご飯とは勝手が違う。
本で見たものより、ずっと貧相な見栄えになってしまったけれど、出来としてはなかなか頑張ったといえる。
壁にもたれ掛かった菜子と紫璃。チョコレートを差し出すタイミングがわからずに、ついには放課後を迎えてしまった。
ひらひらと菜子の目の前に紫璃が手を差し出して、ようやくバレンタインらしい包みが渡された。
「ごめん、タイミングがわからなくて」
チョコを渡すのが遅くなってしまったことを詫びると、紫璃が肩を揺らしていた。
手を繋ぐときも、キスをするときも。
自然な流れというのが、今になってもちっとも掴めておらず、もっぱら彼に頼りっぱなしでいる。
初めは掴むだけの手も、次第に指を絡めるような手の繋ぎ方になった。
いちいち「おお」と可愛くもない感嘆の声をあげては、紫璃がぶはっと噴き出したりして。
「いつになったら慣れんだろうな」
くく、と口元を手の甲で押さえて笑っていた。紫璃は存外よく笑う。
入学当初はどちらかといえばすかした態度かと思っていたその顔を、菜子はまじまじと見ていた。
何度見ても綺麗な顔だな、と思いながらその顔を見ていると、「見すぎ」と苦笑されてしまった。
隣あって壁にもたれ掛かった菜子の肩に、こてんと紫璃の頭の重みを感じた。肩口に触れた頭がくすぐったくて、身を捩る。
「……」
「……?」
会話の途切れた紫璃をちらりと横目で見る。急に黙りこくった紫璃に、不思議そうな目を向ける。菜子の肩に乗せた頭が上を向き、その目をじっと見つめた。
「……今、キスのタイミングなんですけど」
意地悪く笑った紫璃が、菜子の頭に手をまわし手繰り寄せると、口づけを落とした。
おもむろに上体を起こした紫璃の胸元に包み込まれて、抱きしめられる。