偽りのヒーロー
「構いすぎなんだよ」
ふふふ、と静かに笑う未蔓に、レオは座り直すと、長い脚をまっすぐに伸ばす。つま先をゆらゆらと揺らし、それは違うと未蔓に言い返した。
特段構っているつもりはないと主張するも、それは未蔓の真顔によって受け流される。
「ついなー。なんか面白くてさあ」
ぺろりと出したレオの舌を掴む未蔓。遠慮なく下へひっぱると、いてて、声にならない声を出した。それと同時に、舌を放すと、自ら汚したはずのその手を、レオのジャージに擦りつけた。
「よだれ、汚い……」
「ミッツがやったんじゃん!」
「何するんだよ〜」と眉尻を下げるレオに、真顔のまま。それが未蔓のデフォルトなのだが。
「でも全然恥ずかしがんないのな」
「……結城にだったら照れるんじゃない。俺も菜子んちの洗濯物見ても何も言われない」
「何だそれ! それはそれでむかつくわー」
足をばたつかせると、ジャージの裾がめくれ上がった。くしゃくしゃになったジャージを見て、「やきもち?」と未蔓が小さく呟く。
意味がわからない、とでもいうように目をぱちくりとさせるレオに、「違った?」と首を傾げていた。
「なんだ、勘違い」
うんうん、とレオは頷いた。
未蔓に誤解されるのも仕方がないかもしれない。菜子と一緒にいるもう一人の女の子を見ているのだから、そう思われても不自然ではないはずだ。
未蔓に全てを話すわけではなかったが、ちらりと菖蒲に好意を寄せていることを打ち明けた。
「へえ。ヒーロー。かっこいいね」
「だろお!? かっこいいし、……かわいいんだよ!」
興奮して、レオの鼻息が荒い。話に熱くなって距離感の鈍くなったレオの顔を、未蔓はぐいぐい手で押し返した。
「ミッツはいない!? そういう人!」
「ま、そうそういないかあ」と、笑うレオに、未蔓は間髪入れずに「菜子」と呟いた。
「え、なんて?」
この距離で聞こえないわけがないだろうに。
耳の後ろに手を当て、再びその名前を聞き直そうとするレオに、もう一度「菜子」と、今度ははっきりとした声で言った。
「まじかよー! 菜子!? なんでまた!?」