偽りのヒーロー
この前、というのは、彼女らしき女生徒と修羅場を迎えている現場を目撃してしまったからである。
お昼の時間に飲み物を買いに行こうと、鼻歌交じりで飲み物を買って教室に戻ろうとしていたときのことだ。
「ゆかりのバカ!」
女性の怒気を含んだ声は、軽い足取りを止めさせた。ほんの出来心で覗いたはずが、女性の声が響くその視線の先には、なんとクラスメイトの結城がいたのだった。
言い合いというには、結城の発した言葉は少ない。前のめりで怒りをぶつける女性とは逆に、ポケットに手を入れてだるそうに、しかしまっすぐと立つ姿は威厳すら感じられた。
パン、と乾いた音の平手打ちをくらい勢いよく女性が飛び出すと、苛々している結城が近づいてきた。去るタイミングを見失った菜子は、その場から離れようとする結城とばったり遭遇してしまったのである。
そのときは、気の利いた言葉もかけられず、教室まで戻ろうと至極自然に振る舞ったつもりでいた。持っていたパックのジュースを落として、ぎくしゃくとロボットのように歩いたことさえ除けばの話だが。
「ジュース買いに行ったんじゃなかったの?」と、手ぶらで帰ってきた菜子を、菖蒲は不思議そうな目で見ていた。
「ああ。別に。あ、ジュースありがたくもらったわ」
「いえ、それはもう、お詫びと思えば安いものですし……」
あまりに不自然な態度に、結城の口角は上がっていた。間近で見るのは初めてで、近づきにくいと思っていた顔は、頬が緩むと少し幼く見えた。
「なんで敬語? てか、よく、これでゼラニウムだってわかったな」
結城の言葉にふと現実に引き戻される。透明なセロハンで包むゼラニウムを見て、感心したように言うものだから、「へへ」と照れ笑いを必死で隠した。