偽りのヒーロー



 ほどなくして、菜子の母が他界したと聞かされたのは、中三の夏休みだった。

入院の回数も増え、車いすで移動する回数も増え。それらすべての悲しみを飲み込んで、菜子は笑みを浮かべていた。





 一人で作れるようになった葉山家の味の料理も、着付けができるようになった浴衣も、全て死期を悟った母が、命に代えて菜子に伝えた精一杯の送りもの。

母親のそれらの想いを感じながら、受け入れることしかできなかった、悲しくて優しい知恵を身につけるのは、どんな感情だっただろう。




計り知れないその想いの全てを、他の誰にも打ち明けることもなく、枯葉が散らばり始めた秋、菜子が家出をしたと血相を変えた菜子の父が、家に飛び込んできた。



 家にもいないし、近くの公園にもいない。日も暮れて夜が更けった暗い夜。菜子が姿を見せないと、青ざめた大人たちが、家の周辺を探していた。

菜子は方向音痴が災いして、道に迷い帰宅が遅くなることは少なくはなかったが、誰にも言わずにいなくなることはなかった。





 懐中電灯を持って探しに行く大人たちに、帰ってくるかもしれないからと、楓と一緒に菜子の家で留守番を任された。

泣き疲れて寝こけた小さな楓に、とっておきの戦隊ベルトをあげようと、2階下の自分の家に向かった。

なかなか降りて来ないエレベーターが待てなくて、滅多に使わない階段を駆け下りると、瞼の腫れあがった菜子が、壁にもたれかかって階段で寝こけていた。




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