偽りのヒーロー
ある日その本を学校に置きっぱなしにしてしまった。
机からはみ出たそれを、クラスメイトが引っ張り出すと、可愛いはずの動物たちのあられもない姿が載ったページ。
それを見たクラスメイトは騒ぎ立てて、変な奴だと、変な方に頭がいいぞ、と名ばかりの博士という名がついた。
「それは? それはカエルが好きだから、そのキーホルダーつけてるの?」
菜子はとりとめた様子もなく、原田のカバンにぶら下がったカエルを模したキャラクターのキーホルダーを指さした。
「これは、妹がくれたお土産でっ……!」
原田は慌てて取り繕ったように、説明をした。
この期に及んで動物のキーホルダーなど、気色悪いと思われるだろうか。そのときは生きた心地がしないほど、背中に冷や汗が伝っていた。
「へ、変だよね」、そう呟く原田に、菜子は笑って言っていた。
「うん。変わってるとは思うかも」
屈託なく笑う菜子に、原田はどん底に突き落とされたような気持ちになった。けれど、そのあとに「でも」と続く言葉は、十分に前を向ける言葉になった。
「変わってるのがだめだって、誰が決めたの?」
厚い湿気を帯びた室内なのに、風が通り抜けた気がした。目をまるくして言葉を失った原田に、
「私は名前で呼んでいい? でもいきなりは恥ずかしいしな……そうだ、直っぴとかどう?」
と、言ってのけた。
原田のキーホルダーを見ながら、そう言って笑って。
菜子の学校の子は、菜子の影響か、原田のことを直っぴと呼ぶようになった。
それは、自分の学校にまでも浸透して、次は原田の学校の女バス部員が直っぴと呼び始めた。
その次は男バス部員が一瞬直っぴという可愛いあだ名を口にしていたのだが、次第にそれは「直人」と名前で呼ばれるようになった。
菜子が3年生になった頃、試合で「直人」と名前で呼ばれた原田に笑顔を向けていた。
原田も思わずピースサインを返すと、凛々しくなった菜子の4の背番号が輝いていた。