偽りのヒーロー
「あんまり今と変わらないんじゃないかな。菜っ子はいろいろあって大変だとは思うけど」
菜子の家庭の状況を言っているのだろうか。紫璃は原田に視線を投げると、原田はふるふると頭を振っていた。
「別に誰に聞いたわけじゃないけどね。未蔓んち行くと、菜っ子の昔の母親の話はするけど、今の母親の話って出て来ないんだ。だからね、なんとなくなんだけど」
「……原田、お前、超いいやつじゃん」
察しがいいと紫璃は原田を褒めちぎっていた。困惑した原田は、狼狽える様子を隠しきれていなかったのだが。慌てて言葉を探す原田に、紫璃は笑みを零した。
「あんまさあ、菜子って自分のこと話してくんねえんだよな。だから聞けて良かったわ。……なんか、俺だけみたいでバカみてえよな」
そう言った紫璃の目が、揺れたように見えた。風のせいだろうか。下を向いて指を組んだ紫璃に、原田は口を開いた。
「菜っ子とクリスマス、出かけなかった?」
「……クリスマスっつうか、まあ、うん」
「菜っ子、慌てて服買いに行ってたんだよ。あれ、結城のためでしょ?」
クリスマス前の祝日、街で原田は菖蒲を見かけた。声をかけようかと迷っていると、菜子が着せ替え人形のように、菖蒲に服をあてがわれていた。
何度も何度も鏡を見ては、菜子は首を傾げて菖蒲の顔を見ていた。ただの女子同士の買い物だとばかり思っていたが、なるほど、あれは紫璃とのデートのためかと、今になって合点がいった。
口を閉ざした紫璃を、心配そうに原田が様子を窺っている。
俯いたままの顔はあがることはない。しかし組んでいた指がわすかに離れると、足の間に閉じ込められていた手が、額に当てられていたようだった。
「……ずるくね? あいつのそういうとこ……」
「……や、俺は結城がこんな人だと思ってなかったから、菜っ子のこととか考えられないけど……」
俯いたまま原田のほうを向いた紫璃の顔は、夕暮れでもないのに、真っ赤に染まっていた。それを見た原田は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしており、どうにも戸惑っているようだった。