偽りのヒーロー
今日の体育の授業は、バスケットボールだった。
ダムダムと体育館の床に弾む、ボールの音が懐かしい。ボールの表面のゴムのいぼいぼとした感触に、なんだか菜子はしまりのない顔になっていた。
きゃっきゃっと可愛い声が聞こえるバスケは、菜子のしてきたものとはまるで違うように思えた。
女子が一堂に会してボールを追うのがなんだか微笑ましくて、クラスメイトに「菜子の顔気持ち悪いよ」とまで言われてしまっていた。
「うわっ、レオー! あぶなーいっ!」
隣でバスケをしていた男子のコートから、慌てふためく声が聞こえた。
鈍い音が聞こえると、ボールがころころと転がっている。そのボールのあとも追わずに、ゲームを中断した男子たちが何やら集まっていた。
その大勢の人の輪の中心には、頬を押さえたレオが床にへたり込んでいた。
ぼーっとコートに立ち尽くしていて、仲間からパスがきたことがわからなかったらしい。気づいた時には既に目の前にあったボールを、顔面で受け止めたという。
あの硬くて大きなボールを顔で受けたのかと思うと、菜子はその感触を知っているせいか、しかめっ面になってしまった。
「痛かったでしょ」
けたけたと笑う菜子の隣に、レオは腰を下ろした。誰かが保健室から持ってきてくれた氷のうを、額に頬に鼻にと、赤くなった顔に当てていた。
最近、様子のおかしかったレオは、反省しているのかシュンと肩を落としている。しかしながら、菜子を避ける様子もなく、隣に黙って座っていた。
ここ数日は、レオの様子が本当に不可解なものだった。チラチラ菜子を見ては視線を逸らして。
隣の席だと言うのに、まともに言葉を交わすのすら、なんだか久しぶりな気がしてならない。
「……今日は避けないね?」
軽い気持ちでそう言った。レオは菜子の問いに応えることもなく、ただただどこかを見ていた。
おかしいの一言に尽きる。隣のレオを見て、菜子は思った。浮足立って、どこかに感情を置いてきたのではないだろうか。
いつもあんなに明るいレオだ、口数が極端に減れば、心配してしまうのは当然のことだ。
何も話さず黙ったまま天井を仰ぐレオに、菜子はそれ以上話しかけることができなかった。