偽りのヒーロー
「東小の近くに病院あるよね? 大きい大学病院。あそこ、よく来てた。お母さんの診察終わるまで、公園行って遊んでたなー。なんていったかな、花がいっぱい咲いてる……」
「……つつじヶ丘、公園?」
「あ、そうそう! つつじヶ丘公園!」
慌てたようにレオが、菜子のほうへと振り向いた。
顔に当てていたはずの氷のうが、たぷんと水音を鳴らして床へ落ちる。目を見開いて、菜子に近づく顔が、今にも触れそうなほど近い。
わずかに後ずさりをした菜子が、「あれ」と小さく口から漏らす。少し離れたその距離で、レオの目をじっと見つめていた。
「その公園に、すごい綺麗な目をした男の子がいたんだけど、レオみたいな色してたなあ、金髪だったけど。一回しか会ったことないんだけど、王子様みたいだった」
——青い色の目。金色の髪の毛。花の咲いた病院からほど近い公園。
……間違いない。あの女の子は、菜子だ。
未蔓の家で写真を見て不確かな感情が、今、菜子の言葉を聞いて確信に変わった。青い色の目、金髪の髪。そのことは、レオにしか知り得ないことだった。
いつのまにか黒くなった髪の毛は、なぜか昔は外国人のようなキラキラした金色の髪の毛だった。その上このひときわ目立つ青い目。
それらが相まって、幼い子供のからかいの対象になっていたのだ。それを救ってくれたのが、あの女の子——菜子だったのだ。
確信に変わったその感情は、レオの身体を微動だにせず強張らせた。口をぽかんと開けたまま、反応のないレオに、菜子がひらひらと様子を窺うように目の前で手を振っていた。
それすら今のレオには目に入っていないようだった。床に落ちたままの氷のうを拾おうとする素振りもない。
そのとき、菜子は眉毛をハの字にして情けない顔をしていたが、そんなことはレオにはわからない。
何も、考えられなかった。
「——…オ、レオ! 集合だって!」
ぬるくなった氷のうを、ぐりぐりと頬にあてがわれていた。
気づけば授業が終わっていて、菜子に促されて、クラスメイトが整列する最後尾にちょこんと連なった。