偽りのヒーロー
レオは首がちぎれんばかりに、ぶんぶんと頭を左右に振っていた。自分が好きなのは、菜子ではない、菖蒲なのだと言い聞かせるように。
大体、菜子には彼氏がいるではないか。しかとその過程をレオ自身の目で見てきたはずだ。しかもその相手は友人の紫璃。
ガチガチに他の男からガードしているくせに嫉妬をして、その上、ベタベタに甘やかしたりして。
そんな紫璃を初めて見て、菜子にどれだけ想いを寄せているのかをレオは知っている。
——なんで、菖蒲ちゃんだと思ってたんだっけ。授業も上の空になり、黙々と頭を捻っていた。
ふわふわの髪の毛、くりっとした目、花の名前。白いワンピースの似合う、可愛い子。
そんな曖昧な記憶で、よくも片想いをしているだなどと言えたものだ。
小さな頃よく遊んだ公園は、学区内では知れた溜まり場で、あそこにいるのは、自然と同じ学校の子だとばかり思っていた。
冷静になれ、考えてもみろ。頭の中で自身へ叱咤激励をおくった。
レオが菖蒲をしっかりと認識したのは、小学校5年生のときのこと。同じクラスになったからだ。
ふわふわの髪の毛に、整った顔立ち。菖蒲という名前が最初は読めなくて、胸元につけた菖蒲の名札を盗み見た。
名前を知ってからは、その難しい感じの意味を調べるために、普段は足を運ぶこともない学校の図書館にある、花の図鑑で調べたのだ。
菖蒲、花の名前。この人だ、と思って疑わなかった。
「俺のこと覚えてる?」なんて、あのときは恥ずかしくて声もかけることができなかった。けれど、ヒーローを菖蒲だと思っていたのは、やはり彼女のことが好きだから、なのではないだろうか。
菖蒲は昔、今とか違ってかわいい筆箱を持っていた。
ランドセルも、ただの真っ赤のものではなくて、赤みを帯びたピンク色の、蓋を開けると花の刺繍が入っていた。同じ女の子の中でも、可愛らしい、ひと際目立つ子だと思っていた。
高校で再会すると、成長したせいか大人びていたけれど、やっぱり変わらず可愛らしい子だと感じるのには変わりなかった。