偽りのヒーロー
時折見せる笑顔が可愛い、……何が楽しいのかもわからずに笑っている菜子と違って。
甘い食べ物が好き、……生クリームの苦手な菜子と違って。
冬のブレザーの制服の下に着た、カーディガンからちらりと覗くスカートの裾がかわいい、……ブレザーの下にカジュアルなパーカーを着たりする菜子と違って。
暑くてもスカートをばさばさしたりしない、……スカートの裾から空気を送り込む菜子と違って。
かわいいバイト先の制服姿、……色あせて汚れたエプロンの菜子と違って——。
(違うだろ、菜子のことじゃないだろ!)
菖蒲を追っていたはずの目が、なぜか菜子を捉えていたことに、レオは狼狽えている。まとまらない思考に、授業ですらこんなにも頭を悩ませたことはない。
なんなんだ、どうしてなんだ。
ああ、そうか。きっと、憧れていたはずのヒーローが思わぬ形で現れて、舞い上がっているだけだろう。
……きっと、そうに違いない。
開け放たれた教室の窓と扉でできた風の通り道。
開いた窓から入ってくる風にのって、ふわりと花の匂いがする。
水を扱う花屋のバイト先の仕事で、どうしても手が荒れると悩んでいた菜子に、紫璃があげたハンドクリームの匂いだ。可愛らしいパッケージを、何度も何度も見つめていたからよく覚えている。
まだ使っていたのかと、黒板を見上げる菜子に視線を向けた。
夏服の白いセーラー服。袖から覗く、白くて細い腕。後ろでひとつにくくった髪の毛。それを纏う、紫璃があげた、薄い紫色のシュシュ。
自然とそのシュシュに手が伸びた。菜子に羨ましいと言われる、長い腕を伸ばして、そのシュシュを引っ張った。
「どうした?」
小さな声で、レオのほうに顔が向けられた。
授業中だからと潜めた小さい声で、レオに言葉をかける。
ちょっぴりくずれたシュシュの形を整えると、何も言わないレオに小首を傾げると、再び菜子は黒板に目を向けた。