偽りのヒーロー
目を覚ますと、白い天井が視界に入る。パイプベッド、カーテンで区切られた空間。
ああそうか、保健室にいたんだった。
「——だよ」
「——…じゃねえの」
くすくすと声を潜めて笑い合っている男女の声が聞こえる。
人の具合が悪いときに、何を楽し気に笑っているのだか。ここは逢引きする場所じゃねえんだぞ、とレオは苛々しながら勢いよくカーテンをこじ開けた。
「あ、起きた」
レオに視線を投げる菜子。その向かいには、丸い天板の椅子に腰かけふわり笑みを浮かべる紫璃がいた。
「なんだよレオ。お前鼻血出したんだって? どうせまた変なことでも考えてたんだろ」
けたけたと笑う紫璃が、可笑しそうに自分を足に膝をついて座っている。ずいぶんと柔らかく笑うようになったものだ。
その上、菜子の付き添いとは言えど保健室までついてくるだなんて、珍しいにもほどがある。
友人のその変貌に、レオは紫璃の顔を凝視した。
「具合どう? このまま帰るなら、カバン、持ってくるけど」
「ふえ? あ、ああ……じゃあ」
「ん。ちょっと待ってて」
ちょっと寝息をたてたつもりが、いつの間にか放課後になっていたらしい。
まだ体こそ熱いが、頭の中に立ちこめた濃霧は、わずかながら晴れているようだ。寝たかいがある。ぐっと長い腕を上に突き上げると、レオはうーんと身体を伸ばした。
ぱたぱたと軽い足音が、そっと保健室の扉を開ける。
教室からカバンを持ってきた菜子だ。はい、とレオにカバンを手渡すと、「帰り、一人で大丈夫? 送ってく?」と、体調の良し悪しを図りかねているようだった。
「大丈夫」
ベッドの端に腰かけて、カバンから飲み物を取り出した。
生温くなってしまった、青いラベルのスポーツドリンク。ペットボトルのキャップを外すのにまごついて、コロコロと手の外へ転がり、菜子の足元にぶつかってしまった。
拾ったそれをレオの手に平に置くと、立ち上がった紫璃と一緒に保健室の扉へ歩いていく。
「え、何?」
菜子のセーラー服の裾をきゅっと掴んでしまっていた。歩みを止められた菜子に不思議そうな顔を向けている。
無意識に掴んでしまったその手をすぐに放すと、背中を向けていた菜子がくるりとレオのほうに振り向いた。