偽りのヒーロー
「……帰るぞ」
ポケットに手をつっこんでいた紫璃が、その手をゆっくり外気に晒す。
ひらひらと顕わになった手は、菜子にその手を取ってほしいがための、手を繋ぎたいという紫璃の不器用な合図に見えた。
「待って、やっぱ送って行かない? だってレオ、すごい顔赤いよ」
熱あがっちゃたんじゃないかな、と紫璃に訴えかけている。頑として自分の言葉を受け入れない菜子に、紫璃はたまらず保健室の中に入ってくる。
裾を放して行き場をなくしたレオの手が、不自然にベッドの上に力なく置かれていた。
赤くなった顔を隠すように俯いていると、床にペタリを膝をついた菜子が視線に入ってくる。子供の目線に合わせるみたいなその仕草。レオの顔を、様子を窺い知ろうとしているのがわかる。
赤くなったその顔を、風邪の熱だと疑わないで。
「菜子は先帰れ」
「え、でも……」
「いいから。お前は帰ってろ」
「う、うん……」
紫璃の不機嫌な声に、菜子の身体がびくりと震えている。床についていた丸い膝小僧には、立ち上がった拍子に硬い床にひざまづいた、赤い跡がついていた。
「えっと、じゃあ、お大事にね」
ばいばい、と小さく手を振ると、菜子は静かに扉を閉めた。
ピシャリと隙間なく隔離された保健室。
菜子の影が見えなくなると、息をつくようにレオの背中にカバンをばしんとぶつけてくる。肩にカバンを背負い直すと、ポケットに手を突っ込んで「帰るぞ」と命令口調だ。
しかし不愛想なその言葉とは相反して、俺がのそのそ立ち上がるのを、ずっとずっと待っていた。
律儀に家の前まで送る紫璃に、へらへらと笑って見せた。
慣れ親しんだ二人の距離と、帰り道。
その間、紫璃は考え込むようにして沈黙を守っていたが、帰り際、家の扉を開けようとすると、ようやく口を開いた。まっすぐに、レオの目を見て、こう言った。
「……お前のそれは、トモダチの好きだから」
「や、紫璃、」
「……違うとしても、我慢しろ」
そう言って、早々と紫璃の背中が小さくなっていった。一度もレオのほうへと振り返ることもなく。
菜子の服の裾をちょっと掴んでしまっただけだった。レオ自身すら、それは意識してやったことではない。