偽りのヒーロー
かくして、弟の水着を買うべく、菜子は楓と街へ買い物に出かけていた。
小さな弟との買い物というのは、目を放した隙にうろちょろと、まさに育児とは戦いという母親の気持ちが、ほんの少しだけわかるような気がしている。
7歳の男の子というのは意外にも難しい。友達やその家族がいる前では手を繋ぎたがらないのに、そのくせ疲れたら歩けないと駄々をこねる。
早くも思春期なのか。菜子は笑顔で駆けていく楓を目を細めて見ていた。
大きなデパートの中を、目的の水着売り場までくるのには少し寄り道をしすぎたが、ようやく着いたところで、楓はまだまだ元気いっぱいだ。
「おねっちゃん、これはー?」
「……絶対恥ずかしいって穿かなくなるんだから、普通の選びなよ」
「えーっ」
けたけたと笑う楓の手の中には、ビキニタイプの男児水着。夏の太陽みたいなつるつるのオレンジは、マンゴーの色にも思わせる。
絶対穿かない。例え同じマンションの水泳教室に通う小さな子どものいる親御さんが、水泳教室にはビキニタイプを穿いている子も多いと言っていても。
物珍しいのか、手に取るのは派手さを隠しきれていない水着ばかりだ。
どこかに行ったかと思えば、「おねっちゃーん」となんともハイセンスな、露出高い女性用のビキニを持って手を振っている。
「私はそういうのは着ないの!」
無理やり楓の手から奪ってハンガーを元に戻すと、「これおねっちゃんのぶらじゃあに似てない!?」と、大きな声で言うものだから、終始冷や汗をかいていた。
「ふふーん。よかったね、水着買えて!」
「うん、そうね……疲れたけどね」
鼻歌交じりにエスカレーターに乗る楓。
あれやこれやと騒いでいて、結局は爽やかな水色に白と紺色が映えるスポーツメーカーの水着に落ち着いた。水着選びで成長を感じるな、菜子は感慨深気に感じていた。
去年は水泳の授業の指定のスクール水着を穿いて、面倒だからと遊びに行くときもそれを持って行ったはずなのに。
7歳にして色気づいたか、と菜子が笑みを漏らすと、いくつかの声が重なった。
「あ」
「あ」
「あ」
「あー、れおくん!」