偽りのヒーロー
花をつけてくれた結城さんという先輩が、教室まで案内してくれるようだ。
一緒に階段を昇ってくれる間に、「4階まで上がるのしんどいね。私もう2階で精いっぱい」と話しかけてくれる。
2階の校舎にある教室は、最上級生のはずだから、どうやら3年生らしいというのが予想できた。
「私の弟も1組みたいなの。仲良くしてやってね」
そう言って、教室の前まで案内されると、再び階段を下りていく。
教室の扉についた窓ガラスから、既に生徒が着席しているのが見えていた。
窓際にぽっかり空いた空席が、きっと自分の席だろう。菜子は腰を低くしてこっそりと教室に忍び込む。
「葉山ー」
後ろの生徒に隠れて、どうにか身を隠せていると思っていたのは自分だけで、教壇に立つ先生に呼び止められてしまう。
「はは、入学式早々遅刻とはいいご身分だなあ。早く席につきなさい」
「はい、すみません……」
先生の笑い交じりの声で叱られると、教室中が笑い声に包まれる。屈んでいた腰をあげると、一斉に視線が菜子に集中し、思わず肩身が狭くなった。
先生の号令に従って、ぞろぞろと廊下に列をなす。入学式の行われる体育館へと移動するためだ。
「ね、なんで遅刻してきたの?」
ぎりぎり間にあったはずだけれど、否定も虚しく、既に同級生の中では、入学早々遅刻してきた生徒として認識されたようだ。
「電車に乗り間違えて……」
「ははっ、ドジっ子? 葉山さん、だよね? 私、菖蒲っていうの。よろしくね」
にこりと笑いかけるその女の子は、前の席の蓮見菖蒲(はすみ あやめ)。
ダークブラウンのロングヘアーがふわふわ靡いて、大人っぽい印象だ。
遅刻したせいで、クラスメイトを観察する余裕もなく、今さらながら、新たな門出に誇らしくなる。感じのいい菖蒲に声をかけてもらえて幸先がいい。少しだけ安堵した菜子は、菖蒲に笑いかけた。
「菖蒲ちゃん。よろしくね」
「菖蒲で大丈夫よ。みんなそう呼ぶから」
「じゃあ私も菜子でいいよ。菜子とか、なっことか、なっちゃんとか……。えっと、呼びやすいのやつで、適当に」
ふふふ、と口元を覆い隠す隠す手の爪が、綺麗に整えられていて、見惚れてしまった。深爪しがちな、丸く短い小さな自分の手と見比べると、ため息が出そうになる。