偽りのヒーロー



「相変わらず菜子は歌下手だな!」

「ごめん、菜子。私も初めて聞いたけど、こんなに下手だと思わなかったわ」



 満足気にマイクをテーブルの上に置いた菜子に、なんとも微妙な歓声が沸き上がった。少しの罵声を添えられて。

原田の顔を見て、ニッと笑う菜子に、原田は視線を泳がせている。



「お、俺は……その、味のある歌だと思った」

「……下手なフォローはやめてよ! 逆に傷つくから!」



 菜子の耳障りな歌を皮切りに、原田も意を決してマイクを掴んだ。緊張して上擦った声だったが、菜子にとっては悩む意味さえわからない歌声だった。



 それと同時に、こんなにもあんぐりと口を開く弟を初めて見た。目を丸くして、「わるくはないとおもう」なんて言葉を言わせてしまうほど。

一端の立派な気づかいをする小さな男の子を、皆一様に褒めていて、なんだかまんざらでもない様子だった。




 カラオケにくると、そのたび思う。選曲って人の性格や趣味がもろに出るな、なんて。

菜子は音痴を自覚しているからか、みんなが知っている定番の歌だとか、最近流行の歌番組に出ているような歌。どうせ何を歌っても面白くなってしまうのだ。

レオは相変わらずヒーローものの主題歌を中心に、アニメに採用された曲が多いし、菖蒲は恋愛ソングが多い。それも全部、可愛いメロディの。


菖蒲がマイクを手にしているときの、原田の穴が開くほどの視線に笑いそうになったが、なんとか堪えられた。

原田はといえば、優しいバラードだったりバンドの曲だったり。



とにかく涙を誘う心温まる優しい選曲をするものだから、菖蒲は目を見開いて動揺しているように見えた。


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