偽りのヒーロー
デンモク操作を、ひとしきりマスターした楓が「楓くんも何か歌わない?」という菖蒲の心遣いで、幼いながらにデンモクを見て頭を悩ませていた。
他の人の声にエコーがかかる中、何やら楓は菜子に曲のタイトルを聞いている。バンド名もタイトルもわからないのだろう。
曲名をひっそりと教えたが、歌詞で検索できることを教えると、優秀な電子機器を尊敬の眼差しで見ていた。
「お、楓も歌うか?」
棚の上に置かれた液晶に映像と歌詞が流れる中、上部に曲を入れたことを知らせる文字が表示された。気持ちよく歌っている最中のレオが、間奏の途中で楓にかけた言葉がマイクに乗って響いている。
テーブルに置かれた重みを感じるマイクを、小さな手が包み込んだ。
気合いを入れてソファーから立ち上がると、年端もいかない男の子は、立ち上がっても座ったレオと同じくらいの高さをしていた。
前奏が流れると、意外にも子供らしくない選曲に室内の視線は楓に集まっていた。
ガンガンに音の交差するバンドの曲。ずんずんとお腹に響くベースの音。難しい歌詞は、7歳の子が自然と生きる日常の中では到底意味を知らないもの。
それなのに、小さな子が持つと大きく見えるマイクには、驚くほどの豊かな歌声が響いていた。
「すっげえ! 楓めっちゃ歌上手いじゃんか!」
楓が一曲歌い終わると同時に、ライブかの如く喝采が送られた。割れんばかりのその歓声に、菜子はがっくり肩を落とした。
「なんで……お父さんも音痴なのに……」
ぶつぶつと呪文のように妬みを唱える菜子の背中を、菖蒲がさすってくれていた。魂が抜けように落ち込む菜子を尻目に、楓はマイクを両手で持って照れ笑いを浮かべている。
味を占めてカラオケに魅力を感じたのだろう、次々と曲を入れていて、まるでプロみたいに歌い上げていた。