偽りのヒーロー
「それにしても、バンドの曲が多いのね。激しい曲って、今の小学生たち、そんなに聞くものなの?」
トイレのたった菜子が部屋に戻ってソファーへ腰かけると、不思議そうな顔をした菖蒲が菜子に疑問を投げかけた。
楓の歌う曲に、なにやら疑問を抱いたらしい。
数曲のアニメソングや、小学校の音楽の時間に習った曲も入れていたが、そのほとんどは、楽器の音がダイレクトに感じられるバンドの曲ばかりだった。
「どうだろう? 学校で流行ってるかどうかはわからないけど、全部うちにあるCDのやつだよ」
それは、菜子の母が好んで聞いていたというバンドの曲の数々。菜子がお腹の中にいた頃から聞いていたというCDも、未だ健在だ。
母は、音楽が好きだったのだろう。アイドルソングや、シンガーソングライターのCDもたくさん数を揃えているが、中でもバンドのCDが多いのだ。
シャンシャン、ドンドンとリズムの刻むドラムの音、繊細な音を奏でるキーボード。メロディラインをジャカジャカかき鳴らすギターの音。
その中でも、菜子の母は重低音で曲を支えるベースの音が好きだと言っていた。
ズンズンと体に響くその音が、「生きているって感じがする」と微笑んで。
「いやー、まじで楓は音楽の才能あるな!」
そんなレオの明るい言葉が聞こえると、菜子は再び苦笑した。
称賛の言葉を浴びる楓が、得意げに胸を張っている。けらけらと笑い声の響く室内で、菜子は笑って話していた。
「私もびっくりだよ! こんなに楓が歌上手いなんて。同じ環境で育ってるはずなのに、この差はなんだろね?」
何の気なしに言った一言だった。卑屈でもなく、妬みでもない。素直に思ったその感情を吐露しただけだったのだけれど。
「同じじゃないでしょ」
薄く笑みを浮かべた原田の言葉に、菜子はきょとんした顔を向ける。
「同じじゃないよ。弟くんは、菜っ子の愛情も受けて育ってる」
そう言って、ストローのささったグラスを持つと、それに口をつけた。当たり前のように話すそれに、菜子は驚きを隠せなかった。
「あ、そういえば、携帯鳴ってたよ」と、気にも留めずにテーブルに置いた菜子の携帯を指さして。