偽りのヒーロー
「えっ、どうしたの。菜っ子、顔こわいけど……」
涙を堪えようと必死にゆがめた顔が、どうやらおかしな造形になっていたらしい。
昔から優しい人。原田にぽつりと「ありがとう」と呟くと、にっこりと微笑んでいた。
菜子は携帯に目を移すと、着信を確認していた。紫璃からの電話が一件。どうやら菜子が送った連絡を見てくれたようだ。
偶然とはいえ、友達と遊ぶことを文字にした。一緒にカラオケにする友人の名前を加えて。律儀に連絡するのも鬱陶しがられるかなと考えたが、内緒というのもなんだか不自然に思えて。
「彼氏」という特別な存在の扱い方をはかりかねている菜子が、なんとかひねり出してした連絡だった。
「さっき電話とれなくてごめん」
音楽が反響する部屋から出ると、室内よりは静かな廊下で紫璃に折り返しの電話をした。受話器の向こうがざわざわと雑踏の音が聞こえ、紫璃も家ではないことが窺えた。
「……レオもいんの?」
「いるけど、今楓と二人で歌って……や、踊ってる? 代わる?」
一人だけの名前をだして、何か用事があるものかと思った。「いらない」と否定の言葉で、すぐに関係ないことには気づいたのだが。
やはり友達といえど、男性が一緒の空間はまずかっただろうか。外の音だけが聞こえた電話に、菜子は不安になる。
紫璃もクラスの友人と遊ぶと言っていたのは知っている。毎日のように連絡をくれるからだ。
それに誰と遊ぶとかは書かれてはいなかったが、今しがた菜子のした連絡の返信に、「俺んとこも何人か女いる。ごめんな」と返信がきていた。
大丈夫かと高をくくっていたことに、菜子も同じく黙りこくってしまった。しばらくお互いの声が交差しない中、紫璃が先に口を開いた。
「帰り、送ってくから、連絡して」
「え? でも紫璃も遊んでるでしょ? 大丈夫だよ。楓もいるし、そんなには遅くならないよ」
「いいから。送ってく。……店出る前に連絡しろよ。忘れんな」
そう言うと、菜子の返事を待って電話が切られた。
ツーツーと無機質な数回の機械音のあとに、表示されていた名前が消えて、真っ暗になった画面をじっと見つめていた。