偽りのヒーロー
公共の場であることを十分に理解しつつも、弟の相談に真剣に反応した。
耐えらないとばかりに、他のみんなはふるふると笑いを堪えていたけれど、男兄弟など存在しない葉山家にとっては、弟の悩みは死活問題なのである。
「うん。なんか派手なパンツだった」
派手、と聞いて、カラオケに来る前にいた、水着売り場を思い出していた。
ビキニタイプのつるつるしたオレンジのビキニ型の男児水着。思わず菜子は顔をしかめ、趣味が悪いと心の中で呟いた。
二人の姉弟の、些か場にそぐわない話を聞いて、たまらずレオが「普通のボクサーだから、まじで!」と、必死に訴えていた。
それを聞いて、レオによせた誤解は解けたのだが、一向に楓は真剣な面構えをしていた。
「お父さんのと同じやつでしょ?」
「ぜんぜんちがう。おとうさんのとちがって色がついてたし、それにあんなぴったりしてなかった!」
「や、地味なのは好みだから許してあげてよ。それにお父さんのは穿きつぶして、ゴムが伸びてるだけだから……」
「そうなの?」と腑に落ちたように目を見開くと、何事もなかったように再び歌い始めた。
あまりのくだらない雑談に、部屋の中は笑いに包まれていた。
ひとつ、レオがカラフルな下着をお召しになっている、というどうでもいいような情報を与えて。
数時間のカラオケを存分に楽しむと、日中とは違う明るさになっていた。
言われたとおりに紫璃に連絡していたおかげで、本当にお店の前のガードレールに座って待っていたのには驚いた、驚いたのは菜子だけではないようで、みんな紫璃を見るなり目を丸くしていた。
「あっ、ヨーヨーのひと!?」
行儀悪く紫璃を指さす楓の手を制した。「そう」と端的に答えると、目を細めて楓の頭にぽん、と手を置いた。
家路に着くと、紫璃が並んで歩くことに疑問を持ったようで、「どこ行くの?」と日が落ちた帰り道で呟いていた。
「家に帰るんだよ」
「ヨーヨーのひとも?」
「紫璃ね」
「なんでいっしょにくるの?」
「お姉ちゃんの彼氏だから、送ってくれるんだって」
「え、かれし!?」
「せきはんだね!」と両親が祝い事のたびにしてくれたことを口にする。
はしゃぎまわって、今にも通りすがりの人に言いふらすのではないかと思ってハラハラした。