偽りのヒーロー
「寝るときって、ジャージでいいよね?」
修学旅行前の旅行準備。菖蒲と打ち合わせをしながら、バッグに何やらとかさばる荷物を詰めていた。
ちなみに菜子の中学のときの修学旅行は、寝間着は体育のジャージと相場が決まっており、芋ジャージが揃うホテルが圧巻だった。
記憶を辿ってそう告げたのだが、どうやらそれは普通ではないらしい。知られざる常識が今顕わになって、菜子はわずかに焦りをみせた。
「普通にスウェットとかでいいんじゃないの。ていうか私、中学のときもスウェットだったわよ」
「え、ほんとに? それってジュラピケみたいなの着てる子いたら、黒いスウェットって、なんかダサく見えない?」
クローゼットを開け放ち、衣装ケースを開け閉めすると、古びていない一軍の家着。
一軍二軍は菜子の独断と偏見によって決められるが、色あせていない、毛玉のないスウェットのことをさす。
雑誌で見るような、ふわふわもこもこした可愛い部屋着を着るなんて発想はなかった。味気ない黒いスウェットを見て、菜子は愕然とした。
「だから女子があんなに買い物行こうって騒いでたんじゃない」
「……それってさあ、旅行行く前にお金かかんない?」
「そんなもんなのよ、旅行って」
電話口で、菖蒲のくすりと笑う声が聞こえていた。質問ばかりの菜子を面白がっているようだ。
菖蒲の口ぶりから察するに、それが至って普通なのかもしれない。旅行に行く前の旅行準備で疲弊するなんて、なんて大変なイベントなのだろう、とどこか他人事のように考えていた。
これでいいや、と妥協した黒のスウェットは、引っ張り出したらズボンしか見つからない。
妥協にさらに妥協を重ね、上は違う色のトレーナーを畳んで入れた。