偽りのヒーロー
「菜子」
「あ! おーい、紫璃〜。おはよー」
修学旅行に立つ朝。学校の前には何台ものバスが停まっていた。大きなバッグを持ち、今か今かと大勢の生徒が出発を待ちわびていた。
4泊5日の修学旅行は、クラスごとに新幹線やバスで移動。観光地を回るのは、事前にクラスで決めた、4〜6人の班別での行動となる。
おおよそ300人の人数が一度に目的地を回るのではなく、1〜4組、5〜7組へと別れての移動となる。
入れ替わるようにこの2つのまとまりが動くため、1組の菜子と、5組の紫璃では、ほぼ毎日すれ違いになること請け合いだ。
行動を共にできるのは、自由行動の1日のみ。
他に考えられるとすれば、宿泊場所なのだけれど、なんとなく言い出すのも気恥ずかしくて、菜子は紫璃に何も言えていない。
「お前連絡しろよ。ちゃんと携帯毎日見ろ。あとは—…」
「ははっ。大丈夫だって!」
まかしといて、と紫璃の肩をばしばし叩いた。
日常の学校生活よりも顔を合わせる機会が減るのかと思うと、なんだか違和感を覚えるが、紫璃はその菜子の考えのもっと上をいっているようだ。
旅行用に手ぶらで歩き回れるように背負った、いつもと違うスクールバックではないリュック。滅多に使うことのない旅行用の大きなバッグ。
いつもと違う菜子の姿をじろじろと見まわす紫璃に、菜子はおかしそうに笑った。
案外紫璃は過保護なところがあるなと思う。
ベタベタしていると叱咤された未蔓が、同じ班になったから進言しているのかもしれないけれど。
せっかくの遠出に、あまり一緒に過ごすことはできないとは思うけれど、そのぶんいっぱい写真を撮って、自分の見ている景色を紫璃に送ろうと思う。
「気をつけてな」
行くのは同じ場所だよ、と菜子は笑っていたが、紫璃は真剣な眼差しをしていた。
出発前の賑わいを見せる集合場所で、なんとも自然に口づけを落とす。菜子は慌てて周囲を確認したが、紫璃はおかしそうに笑っていた。