偽りのヒーロー
夜が更けて街の街灯が煌々と輝き出す頃、バイトを終えた菖蒲が、喫茶店の裏口から姿を現した。
「お疲れ様でした」
「はーい、お疲れさま。気をつけてね」
店長の言葉に、ぺこりと頭を下げてパタンとドアを閉める。街灯のある角の道まで歩いて向かうと、会いたくない人物が待ち受けており、足を止める。
「やっほー、菖蒲ちゃんっ。バイト終わった? 送ってくよ」
1年7組、原田……下の名前はなんだったかと菖蒲は目を細めた。
彼の名前は原田直人(はらだ なおと)。
入学してまだ間もない頃、クラスメイトの名前すら覚えきれていない時期に、菖蒲は直人に告白されていた。
いかにもチャラチャラしていそうなこの男。
当然それを受け入れるわけもなく、「ごめんなさい」と告げたはずなのに、隙をついてはこうやって話しかけてくる。
学校では最果て同士の教室で、探さなければ会うことすらない。話しかけられても何を返せばいいかもわからず、素っ気ない態度をとっていたつもりだった。
原田は告白して以降、なんとか会話を試みようと、必死でその手立てを探していた。そうして辿りついたのは、菖蒲のバイト先まで足を運ぶというものだった。
バイト先までわざわざ来たりして、どうやって私のバイト先なんて知ったのだろうと、菖蒲は首を傾げずにはいられない。原田が必死で菖蒲の情報を得ようとしていたことは、本人しか知ることのないことだ。
「一人で帰れるから」
「そんな! 危ないって、もう夜なんだから。送って行くって」
「いいってば」
菖蒲の否定の言葉に目もくれず、細い手首を掴んでくる。強引かとも思える原田のその行動には、誤解されてしまう理由があった。