偽りのヒーロー
「お前勝手に離れんなよ、危ないだろうが!」
初めてレオが怒ったところを見た。正確には、厳しく怒る、というところに尽きるのだけれど。
思わぬ大きな声に、菜子はごめんと小さく呟いた。
「携帯、充電切れちゃって……。ごめん、なんか気づいたらあそこいて……」
申し訳程度の言い訳を並べた。しかしながらレオは怖い顔のままだ。一向に笑みを浮かべる気配はない。
「俺来なかったら、お前連れてかれてたぞ」
「……さすがについて行かないよ」
「お前が嫌がったって意味ないんだって。女なんだから気をつけろよ。何されるかくらいわかってんのか」
「……うるさいな、わかってるってば」
「わかってないだろ!」
大きなレオの声と共に、ぎりぎりと手首を掴まれた。血の巡りが止まりそうなほど、力が込められている。その手を振り払おうとしても、ぴくりともしない。
——レオの顔が、怖い。
「……ごめっ、泣かせるつもりはなかったんだけど」
慌ててレオの手が手首から離れた。急に血の巡りがよくなったかのように、掴まれた部分が熱を帯びている。
それと同時に、頬にも熱いものが伝っていた。
ごしごしと袖で目を擦る。自分でも泣くなんて思ってもみなかったせいで、頭が困惑していた。あまりにも強く擦るその素振りを見て、レオはやめろとその手をとった。
「……ごめん。来てくれて、ありがと」
まさかそう言われるとも思わない、そんな顔をしていた。レオの目が見開かれていて揺れている。戸惑ったように、きゅっと口を結んでいた。