偽りのヒーロー



「ミッツー、風呂あいたからどうぞ〜。って、わり、電話してた?」



 レオがほかほかと蒸気を纏いながら、良い香りを漂わせて浴室の扉を開けた。

肩にかけたタオルは、頭に被せなければ意味をなさず、ぽたぽたと床に染みをつくる。

それを見た未蔓は、耳に当てていた携帯をベッドの上に放り投げた。



「ごめんごめん。誰だった?」



 にしし、と笑うレオに、未蔓が「菜子」と業務的に告げている。

洗面用具を取り出そうと、未蔓は床に置いていたカバンのファスナーを開けた。ジジと音が鳴るとともに、ふとカバンの上に影ができる。

カバンの中が見えない、と未蔓は顔をあげると、レオが慌てて隣に腰を下ろし、何か言いたげな顔をしている。



「……菜子、なんか言ってた?」



 おずおずと口を開くそのさまは、ひどく自身を喪失してしまったような素振りに映る。

未蔓は小首を傾げると、レオは頭をわしゃわしゃと掻きむしった。風呂上がりのレオの頭からは、ぴちゃぴちゃと雫が飛び散り、未蔓は眉を寄せる。レオがしゃがんで見通しの良くなったカバンを漁ると、口を開いた。



「? レオが怒ってないかって」

「え、ミッツ、ちゃんと怒ってないって言った!?」



 慌てふためきレオの顔がぐぐっと近くなる。詰めよったその顔を手で押しのけると、「知らない」と呟いた。



「そこはちゃんと怒ってないよ、とか言ってよ!」

「何怒ってるの。そんなの自分で言えば。でも今のレオどう見ても怒った声に聞こえる」



 そう言って、未蔓はつかつかと浴室に足を向けた。

未蔓の腕に縋りつくと、すぐさまその腕は振りほどかれた。日中の菜子みたいに、弱弱しい力ではなく、力強い男のそれだった。



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