偽りのヒーロー
「眼鏡、初めて見た」
そう言って、つるの部分に触れていた。視力の悪い菜子にとって、矯正のためには手放すことのできないそれ。
気が回っていなかったが、数段小さく目の見えるそれを見られたくなくて、慌てて目の前で手を振った。
束の間の談笑を楽しむと、菜子はごそごそと小さな包みを取り出した。紫璃のために買った、ガラス玉の、綺麗なキーホルダー。
同じくして自分に買ったそれを、いざ部屋の中で見てみると、あまりにも可愛らしいような気がして、男の人にあげるのはどうなのかと悩んだものだ。
じっとそれを見つめ微動だにしない菜子に、菖蒲は「鬱陶しい」と笑いながら罵倒を浴びせていた。
おずおずと「これどうぞ」と差し出すと、紫璃はその場で包みを開けた。窓から差し込む光で、キラキラと輝いたキーホルダー。
慌てて自分のポケットをまさぐる紫璃に、菜子はおろおろと狼狽えていた。
「俺も買った。けど被ったな」
可笑しそうに笑う紫璃の手のひらには、菜子が買ったものとずいぶんと似ているキーホルダー。菜子の買ったまるいものと違って、雫の形をしていたけど。
「わ、すごい! 同じだ! でもこんな形のなかったけどな。どこで買った?」
菜子は自分がそれを買った、お土産を扱うお店がいくつも並んだ通りを思い出した。しかしながら、紫璃は茶屋の前、と話しており、全く異なる場所で買ったことが判明した。
あまりの偶然に、菜子は目を丸くした。すごいね、と紫璃に微笑むと、その顔はひどく甘い顔をしている。
綺麗に浮かび上がったその顔を見るのは、なんだかくすぐったい。へら、と頬を緩めると、紫璃の顔が近づいてくる。
ちゅ、と小さなはずの音が、耳に張りついたように大きく聞こえた。その恥ずかしさに顔を逸らそうとすると、紫璃は菜子の顔から眼鏡を奪う。
「やっぱこれあるとしにくいな」
そう言って笑うと、もう一回、今度は深いキスをした。
赤くなった顔を、へにょと情けない顔で隠した。隠しきれてはいなかっただろうけど。
窓から零れる月明りが、紫璃の顔を照らしている。綺麗に整ったその目が、少し細くなるのが見えていた。