偽りのヒーロー
「あ」と紫璃が声をあげると、慌てたように、菜子の袖を捲し上げた。突然の行動に目を丸くすると、手首に赤い痣がひっそりとついている。
「これ、どうしたんだよ。大丈夫か? 痛くね?」
自分より狼狽えた彼を見て、「私も今気づいた」と告げた。
すぐにその手首の痕を見て、レオの怒りを堪えた真剣な顔が浮かんだが、頭を横に振りかき消した。
「痛くないよ。いつついたんだろ? さっき舞い上がってベッドに飛び込んだからかも」
そう告げると、紫璃は何か考えるように黙りこくったが、「気をつけろよな」とはにかんだ。
わずかな静寂が流れると、遠くからパタパタと軽い足取りが聞こえていた。
階段の影から見えたのは、紫璃と同じクラスの女の子。
じっとそこから動かないその女子生徒を見て、すぐに告白の文字が浮かんだ。
近くなった紫璃の隣から立ち上がると、「じゃ、行くね!」と笑みを浮かべてその場を後にした。
きっとあの子は紫璃に告白するのだろう。それを十分理解した上で、菜子はその場を離れたのだった。
「おかえり」
部屋のチャイムを鳴らすと、菖蒲は笑顔で部屋に向かい入れてくれた。
「どうだった?」と聞くのは、ベッドの上で凝視したお土産のことを言っているのだろう。にかっと菜子が笑みを向けると、菖蒲はうんうんと頷いた。
「紫璃のクラスの子が来てたから、帰ってきちゃった」
菜子が何の気にも留めなかった発言に、菖蒲は動きを止めた。
「……よかったの? それ、結城に告白しに来たんじゃないの?」
「たぶんそうだと思うけど……。駄目だったかな。邪魔かと思って来たんだけど……」
「や、菜子がそれでいいのならいいんだけど……」
菖蒲は何か言いたそうなその口を閉ざすと、きゅっと唇を結んだ。続けるはずのその言葉を飲み込んだのだ。
菜子は不思議そうな目を向けたが、次の瞬間には明日どうしよっか、と菖蒲の口が開いて、その隣に駆け寄った。