偽りのヒーロー
菖蒲は、男性があまり得意ではないということ。
異性に話しかけられると、緊張のせいか、声が上擦ったり顔が赤くなったりする。好きでもにない男性なのに、だ。もちろん、そうでない男の人もいる。
しかしそれを回避するには、慣れ親しむ仲になるための時間ときっかけが必要だった。
例に漏れず、原田に告白されたときも至極冷静に努めたつもりでいた。
なるべく顔は、微妙な絶妙のバランスで俯いて、赤くなったであろう顔を隠す。短い言葉で震える声を隠す。
それでもうこの恋愛ごっこみたいなことは終わり。
そう思って、過ごしてきたはずなのに、来る日も来る日も、こうやって菖蒲のバイト先に足繁く通ってくる。
「顔、赤くなってる。かわいい」
照れてるとか、一切そんなことは思っていない。けれど菖蒲の感情など、原田が知る由もない。赤くなった頬は、まさに照れた可愛らしい女の子そのものだ。
「やめて」という言葉が口から出なかった。覗き込もうとする原田が、あまりにも近くて困惑する。
ついには涙が零れないように、必死でこらえるしかなかったところへ——
「直人? と、蓮見さん?」
聞き覚えのある声が、ガサガサとビニール袋の音と共に歩みを止めた。
「うわ、未蔓……!」
「うわってなんなの。失礼」
淡々と話すそのやりとりの中でも、未蔓の声だけが澄んで響いてくるようだった。
注意が菖蒲ではなく未蔓に向いたことで、掴まれていた手はぱっと離された。解放されたその腕を握りしめるように、大きく息を吸った。
「何? 直人えっちなことでもしようとしてたの?」
「いやっ、違うし! そんなんじゃないから!」
「ふーん、そうなの? じゃあコンビニ一緒来て。7番くじ、一人5回までだから直人もやって」
ピクリとも微笑まないその顔で、「わかったよー」と有無を言わさず菖蒲のもとを立ち去る原田。
去り際の「じゃあね」と微笑む口角がほんの少しだけ上がっているように見えて、その瞬間、未蔓から目を放すことができなかった。