偽りのヒーロー
ぽんぽんと背中をさする菖蒲に、レオは目を丸くした。
初めて菖蒲のほうから触れてくれた手。もっと前にされていたら、きっと親がクリーニングに出そうとする自分の制服を、必死でやめろと言っていたに違いない。
それほど貴重な光景を、大事な思い出としてとっておきたい、そんなふうに思うほどに焦がれていたはずだったのに。
「私のこの髪、パーマだから。小学生の頃は、貧乏パーマ。わかる? 三つ編みとか編み込みでひらひらさせるの。うち、親美容師だから。パーマさながらに上手くできるの」
小学生、と菖蒲から聞く言葉に、自分の気持ちを知られていたのかとわずかながら狼狽えた。慌てふためくそのさまを、女神のような顔つきで見ていた。
「あれだけ騒いでたら私にも聞こえてくるに決まってるわよ。ずっと誰と勘違いしてるのかと思ってたけど」
「……勘違い、って思う?」
「思うでしょ。立花は私と話してもおどおどしてるし、全然笑ってないじゃない」
照れ隠しとばかりにしていたはずのレオの行動を、菖蒲が的確に指摘した。
隣で寄り添って話すよりも、遠くから見つめていることの方が多かったこと。二人で話そうともしていなかったこと。
そういう好意の形もあるけれど、レオの好意の表し方はそういうやり方であっているのか、なんて、まるで先生みたいにレオに考えさせるような話しぶりだ。
菖蒲を目の前にしてみれば、緊張して狼狽えてしまうし、共通の会話を探そうと言葉に詰まることもある。
明るくて素直だと褒めてくれる言葉にレオは頬を掻いたが、そんな人がまともに話せない人を好きになるなど珍しいなと思っていた、とつらつらと言葉を並べている。
その全ての言葉にレオは困惑を隠せない。
考えることを、放棄しようと思っていた。考えてしまったら、きっとこの感情に蓋をできなくしてしまうだろうから。
「……菖蒲ちゃん。ちょっと、俺の名前呼んでくんない?」
「……立花?」
「そうじゃなくて、下の名前で」
神妙な顔つきのレオに、菖蒲は口にしたことの名前を告げようとした。既に、喉の奥のほうまで出ていたのに。