偽りのヒーロー
「レオ! 菖蒲!」
駆け寄ってくる菜子の声に、かき消されてしまった。菖蒲の傍に駆け寄ると、ありがとう、と何やら話し込んでいる。
へらへらと浮かんでいる顔が、先がたまで違う男のもとに向けられていたのかともうと腹立たしい。
いいのか、その手をとろうとしても。
「未蔓は?」
きょろときょろと辺りを見まわしたかと思えば、菖蒲は既にいなくなっていた。隣にいたはずの姿もない。
慌てて確認した携帯には、「トイレすごい混んでる」と書かれているのを見て、それを告げると、当たり前のように隣に腰を下ろした。
思わず後ずさりをするレオに、菜子が申し訳なさそうに目尻を下げる。
「怒ってる?」と聞こえた言葉に拍子抜けして、ぶんぶんと首を横に振った。よかった、と呟く菜子に笑顔を今日、初めて見た。
バスの移動も、班別行動で並んで歩くときも、ずっと遠くにいたような気がする。
「これ、仲直りのしるしにあげるよ」
そういってけたけた笑う菜子の手元には、たべかけのチュロスが掲げられている。数センチの先端を手でちぎって、ん、とレオの手に渡す。
「ごめん、それ紫璃と話してるときに調子乗って二本買ったんだけど食べきれなかった。口つけたとこもいだから汚くないよ」
そうじゃないだろ、とレオは手渡された細長いお菓子をじっと見つめた。
人がこの気持ちに気づいたと思えば、アッパーのような強烈なパンチ。頭にゴングが鳴り響いて、レオは手にしたお菓子を噛み千切った。
未蔓がようやく戻ると、疲弊したように地べたに座った。
カバンの中から取り出したペットボトルは空になっていて、菜子のカバンを漁り出すと、当然ごとくキャップに手をつける。
慌てて差し出したレオのペットボトルは1センチほどの液体だけが波打っていて、やはり菜子のボトルのキャップを開けていた。