偽りのヒーロー



「何? どうした」

「それ、それ……もしかして、俺が掴んだときについた、やつ?」



 湯上りで温まった身体の熱を逃がそうと、袖を捲っていたのをすっかりと忘れていた。そうだよ、なんて素直に言葉にできそうにはなかった。レオの顔が、目が、動揺にまみれていたから。



 レオの困惑の眼差しに「どうでしょう」と、雰囲気をぶち破るような突如始まる犯人クイズ。解答者は誰も手を挙げなかった。



「……ごめん。俺、そんな強く掴んだつもりなくて……」

「いいってば。……でも今度はもうちょっと加減して。ちょっと痛かったよ」



 二カッと笑みを浮かべた菜子の腕を、レオは腫物に触るように触れている。ぎりぎりと腕を締め上げていた人と、到底同じ人物だとは思えなかった。



「……今度は、ない。もうしない、絶対。……ごめん」

「……ならいいって。ありがとう」



 泣きそうなほどのレオの顔。どうしたらいいのかわからなかった。触れたレオの手のひらが熱を帯びている。

レオの唇に触れそうなほどの距離にある腕を、振り払うことはできなかった。



 コンコン  ゴッ



 外の扉をノックする音に驚いて、レオは壁に頭を打ち付けた。「え、何? 菜子?」と外から聞こえる声で、今度こそ菖蒲だとわかった。

菜子が扉の内鍵を解除し扉を開けると、慌ててレオが出ていってしまった。ドアの淵に身体をぶつけ、菖蒲を見ると一目散に駆けていく。

入れ替わりに入ってきた菖蒲は、怪訝な顔をしていた。



「立花、何で部屋来たの?」

「……わかんない。謝りに、かな?」

「ああ、それね」



 そう言って、菖蒲は袖を捲って顕わになった手首の赤い跡をじっと見つめていた。


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