偽りのヒーロー
意外にも菜子はガードが緩いようで堅い。
二人きりのチャンスは日中、教室にいるときだとはわかっているのだが、なかなかにして上手くいかない。
休み時間は女子と話していることが多いし、帰りは紫璃と帰っているし。今日だって、当然の如く紫璃に許可をとって。
当たり前なのかもしれないが、それはそれで、頭を悩ませるところなのだ。
「ちゃんとやって。それ10分くらいで解けるはずだから、10分後もう一回聞くからね」
真面目かよ、とつっこみたくなるその姿。勉学に励む姿など、毎日見ているはずなのに、一向に飽きる気配はない。
恋というのは末恐ろしいものだ。何をしても、菜子が可愛く見えてしまうのだから。
カリカリとノートの上で動くシャーペンの音。もはや菜子だけが真面目に取り組んでいることに気づかないものなのだろうか。
時折合う紫璃の視線が、「せっかく家にいるのに何してるんだ」、そういう目をしている。
「これ違うよ、そこ4。その前の計算が間違ってる」
しかたなく望んだ勉強も、こんなに真面目に教えてもらうのかと思うと、レオには僅かに罪悪感が募る。
それにしてもつまらなくないのだろうか。彼氏の家に、初めて来たのだと言うのに。
「菜子はさあ、なんで国語得意なの?」
突然のレオの質問に、不思議そうな顔をしている。
今しがた取り組んでいるのは数学だ。脈絡のない話題に、違和感を抱いているのだろう。
「答えが問題文に載ってるから。数学とかと違って、計算しなくても読めばわかるでしょ」
さらさらレオは進学する気などないが、センター試験はマークシートだったような気がする。
答えが載っているとは教師たちもよく言うが、似通った選択肢が多くあるのであれば、その理由は意味をなさない気がしている。
「答えがあらかじめ用意されてるのがいいってんだろ」
すかさず入れられた紫璃の細くに、なるほど、とレオは頷いた。
私語もそこそこに、勉強しろと言わんばかりの菜子の視線が突き刺さる。意外にも紫璃が勉強に邁進している様子を見て、ようやく勉強に身を入れた。