偽りのヒーロー
お節介な親が、わざわざ3つのケーキを持たせると、自分のいない部屋の中から、レオの声が聞こえてきた。
「不満とかないの」
予想外の言葉に、扉の前で息を殺して菜子の反応を待ってしまった。悪趣味だと罵られてもいい。
それでも、どこか宙に浮いた感情を、地に足つけた、確信めいた言葉が欲しいのだ。
愚かなのだろうか。こんなにも菜子の反応を気にしてしまうのは。
もうつき合って一年になる。紫璃にとっては前人未踏のその期間。今までにないほど大事に扱っているという自負もある。一緒に過ごしている自覚もある。
クラスは違えど、手を繋ぎ一緒に帰って、キスをして。順調すぎるくらいのその彼女に不安を覚えるのは、なんとも尽きない悩みなのだ。
手を繋ぐのも、キスをするのもいつも紫璃からなのが頭を悩ます一つのものでもある。
別に実際にしなくてもいい。してほしい、とわがまま、おねだり、そんなものが一つもない。以前はあんなに鬱陶しいと思っていた感情が、今はないと不安になる。
「ないよ」と、レオの言葉に間髪入れずに答えていた。嬉しいはずの、その答え。
胸がざわつくのはなぜなのだろうか。菜子には言えない、言わないけれど。
生クリームを使っていない、菜子にと持ってきたタルトのケーキを見つめて、紫璃は眉を寄せた。
菜子が生クリームが苦手だなんて、知らなかったことだ。レオがどこかでそんなことを言っていて、聞けば苦手なわけではないという。
好きだけど、あまり多くは食べられない、受け付けられない、と言っていた。そんなことも知らなかったなんて。
菜子は自分のことをあまり言わない。だからと言って、何も喋らないわけではない。学校での出来事や世間話、うまい塩梅で話をするから、つい菜子のことを聞きそびれてしまうのだ。
もっと、菜子のことが知りたいのに。
なかなか、思い通りにはいかないものだ。