偽りのヒーロー
「紫璃?」
ガチャリとドアの前で佇んでいると、ノックもしていないのに部屋の扉が開いた。
紫璃は目を丸くしている。同じように、目を丸くしたレオと目があって、くくっ、と紫璃は肩を揺らした。
「びびった。よくわかったな。わり、手、塞がっててさ」
そう言って紫璃がテーブルに差し入れのおやつを置くと、瞬く間に勉強道具一式がきれいにどかされた。
「紫璃の気配がしたんですよ」
鼻の下を指で掻きながら、菜子は冗談めいた口調で得意げに言った。けたけた笑って、「よかった、他の人じゃなくて」と、勢いでドアを開けたらしいことがわかった。
わずかに安堵している菜子に、「さんきゅ」と言えば、にこにこと子どもみたいな笑みを返す。
レオがいなかったら、きっと今頃キスの一つでも落としていたに違いない。そう思ってレオに視線を向けると、なんとも説明しがたい顔になっていた。
「おいしい!」
口に入れたフォークが噛みしめるように菜子の口から姿を現す。
まじまじとその一部始終を食い入るように見てしまうのを気づかれたくなくて、紫璃は菜子から目を逸らした。
ケーキの乗った小皿の小脇に、くるくると巻かれたケーキのフィルム。ケーキに張りついている面を内側にくるくると包んだフィルムは、いかにもこなれた手つきでケーキから剥がれていた。
菜子の、こういうところが好きだと思ってしまうのは、紫璃にとって贔屓目に見てしまっているのだろうか。
教室の中で、離れた場所から放たれる放物線。口の大きいごみ箱に放っても、外れて慌てて捨てに行く姿。紙パックのジュースを畳んで捨てるところ。
初めて家に呼んでみれば、やっぱり玄関で靴を揃えて置いたりとか。
菜子の仕草にいちいちぐっと来ることが多いのだ。
予想だにせず家に呼んだところまでは良かったのだが、とんだ大きなお荷物まで一緒に来てしまって、どうも煮え切らない気分だ。
そうは言っても、菜子が家に来てくれるのは、願ったり叶ったりなのだけれど。