偽りのヒーロー
「お前が勉強するとか雪でも降んじゃね」
男二人になった紫璃の部屋でそう口を開くと、テーブルに置いたはずの教科書から、レオは目を放した。
今しがた勉強に臨むはずだったはずの姿勢は放棄され、それは紫璃とゆっくり言葉を交わすフェイクだったようだ。
「修学旅行んとき、告られたんだって? 何ちゃん? 同じクラス?」
些か心に傷を負った日のことを、躊躇なくレオは抉ってくる。
しかし紫璃は告白「された」ほうの人間である。声を大にして傷心中だとは口が裂けても言えないことだ。
あの日告白されたことはどうでもいい。
それよりも気になるのは、菜子がその現場に居合わせたことだ。それだけではない。紫璃に女子が近づいたとわかれば、颯爽とその場を離れていった。
それから、そのことを追及するわけでもなく。
なんで聞かないんだろう、それは自分に気持ちが向いていないのではないかという不安な感情が掻き立てられた。
「別に誰でもいいだろ。レオには関係ない」
ふーんと、と興味なさそうに告げるレオの足を、テーブルの下でげしげしと蹴り上げた。やめろ、と笑いながら足を抱えると、けたけたと笑いながら、口を開いた。
「紫璃はさ、菜子のどこが好きなん?」
なんだろう。レオのけん制なのだろうか。
素直で隠し事など苦手なこの友人の考えは、紫璃には読み取ることができなかった。
わりに整った顔。思ったよりも落ち着いた声。意外にも高めの身長。見た目のままの、真面目な性格。いちいち反応が可愛いところ。へなりと緩んだ、情けない子供みたいな笑顔。
浮かんでくるのは菜子の全て。全部が好きだと、そう、レオに伝えた。
「……そっか」
そう一言呟くと、レオは崩していた姿勢を正し、紫璃に悩まし気に口を開いた。
「俺さ、お前のこと好きだけど、菜子のこともすげえ好きなんだよ。どうしよ……」
苦しそうに呟くレオは、テーブルの上で肘をつき組んだ手を額にあてている。
仲のいい友人と、仲の良かったはずの女の子が、いつしか好きな人として姿を変えて、葛藤しているようだった。