偽りのヒーロー
紫璃が初めて好きになったのは、中学一年生のとき、りん香が3年生だったときだった。
学校の中でも綺麗、可愛いと評判の女性。姉と同じ歳の、けれど姉とは違う特別な感情を抱いた女性だった。
りん香に声をかけられたのは、同じ委員会だったことをきっかけとしてだった。それを皮切りに、言葉を交わすことも多くなったように思う。
初めはずいぶんと綺麗な先輩だと思っただけだった。二つ歳が違うだけなのに、すいぶんと紫璃の知らないことを知っている。
大人な女の先輩を、魅力的に思うには十分なことだった。
中学に入って間もない頃は、声変わりも成長期も来ていなかった。それでも紫璃と少し珍しいと言われる名前と、女の子と間違われるような可愛い顔。
自分が上級生の中で可愛いと評判になっていることなんて、知る由もなかった。
夏休みを過ぎると、ようやく伸び始めた身長と、声変わりをして低くなった声。可愛いが、かっこいいになった時期。りん香が、紫璃に頻繁に声をかけてくれるようになった時期。
「あんたさあ、別に3年とつき合うのはいいけどさ、あたしあんまりん香は好きくないから」
姉の宣言は、単なる美人への僻みだとさえ思っていた。今思えば、弟を気遣う言葉だったはずなのかもしれないのに。
「つき合おっか」という言葉はなかった。けれど、二人で帰ることもあれば、手を繋ぐこともあった。もちろん、それ以上のことも。あらゆることを、りん香は教えてくれた。
そのうちずぶずぶと、りん香にのめり込むようになったのは、いつの頃だっただろうか。
てっきり百合香は自分の彼女とばかり思っていた。そうではないとわかったのは、紫璃が3年生に入って間もない頃だったように思う。
街中で、りん香が違う男と歩いているのを見たのだ。それも、腕を絡めて親し気に。
つい出来心で、あとを追ってみれば、まだ日が沈む前の夕方に、2時間いくらと安さを謳う城へ入っていった。
「だから好きくないって言ったじゃん。あんた女の趣味悪すぎ」
口を尖らせた姉から聞くまで、肉食系のハンターのような女だという世間と紫璃りん合香の認識のずれが生じていることには気づかなかった。