偽りのヒーロー
可愛い声、可愛い顔。清潔感の固まりとさえ思っていたりん香の風貌は、つくり込まれたものだと疑うことなど一度もなかった。
女性のいじめの恰好の的になりえそうなそれも、ぶりっ子だと聞けば納得してしまうような仕草をしていた。
もっと早くに言ってくれればと、姉に苛立ちの目を向けたが、「言ったところであたしの話なんか聞かないくせに」と口喧嘩にもなった。
——女ってめんどくさい。
紫璃の脳裏にその方程式がこびりついたのは、この頃だ。
ちょっと甘いマスクで笑顔を向けようものなら、すぐに紫璃のあとをついてくる。
知った顔をして、好きだとも言っていないのに、彼女面をして。容姿端麗というのはこうも得をするらしい。
次から次へと女が切れることなくできるのだ。
それでも女との関係をやめなかったのは、どこかで「彼女」というのを特別な存在だと思うところがあったからだ。
相思相愛。
そんなものを信じていたわけではなかったが、どこかで期待をしていることは確かだった。
男より低い身長、柔らかい身体、甘い声。それらで包み込まれると、少しだけ、心が和らぐ気がしていた。
本当に、ちょっとだけ、ほんの少し、ちょびっとだけ。菜子の容姿が、りん香の姿と重なった。
目を奪われたことに、紫璃は目を疑った。自分はまだ、りん香の影を探していることに。
ただ単に同じクラスになった縁なのだ。別に何か特別な感情を抱くこともない。少しだけ、出来心で声をかけただけ。
香水じゃないその香りも、化粧っけのない顔も。全て容姿だけでは、中身までわかることなどない。経験則からそれさえもあざといのではと思うほどの無垢な顔。
それでもいいと思っていた紫璃は、いつしか菜子に告白することになったのだった。
無垢な顔、なんて決めつけた自分が、今となっては甚だおかしい。無垢どころか、大きな大きな傷を覆い隠したその笑顔。
なんといってもいいかもわからない。
胸が熱くなる感情は、りん香に抱いたその感情と、わずかながら、似ている気がしている。