偽りのヒーロー
「……ちょっとでいいから出て来れないかな」
重い口を開いた、りん香の声。いつもなら、空気を切り裂く通る声も、どこかぎこちなく聞こえる声に、紫璃は一抹の不満を覚えていた。
どこにいるのかはわからない。りん香は自分の居場所を告げていなかったからだ。それでも紫璃には、りん香の居場所が手に取るようにわかってしまう。
恋い焦がれていたあの頃は、住宅街の中に笑い声が響く、滑り台のある公園によく身を寄せていたから。微かに聞こえる、りん香の声と共に聞こえる笑い声。きっとそこにいるはずだ。そう思ったら、いつの間にか、片づけていたはずの部屋から飛び出していた。
真っ青な晴れ間の広がる空からは連想しにくいほど、冷たい風が吹きすさんでいる。公園のベンチには、予想通りにりん香がぽつねんと座っていた。
「……ほんとに来てくれたんだ。ふふ」
冗談まじりのその声も、紫璃にはどこか空元気に聞こえていた
。いつもどおりの綺麗な化粧に、女の子らしいその服も、寒空の下だからか、今日はデニムを穿いていた。隣に紫璃がそっと腰を下ろすと、ふわふわと微笑んでいる。
「彼女と会う予定だった? 高校生は冬休みだもんね」
世間話よろしく発した言葉は紫璃の予定を探るような言葉だった。「まあ」と一言呟くと、にこにこと笑みを浮かべている。
本当に気まぐれな女だな、なんて考えていると、交わらないりん香の会話だけが宙に浮いていた。
「ごめんね、いきなり呼び出して! ちょっと紫璃の顔見たかっただけなんだ〜」
へらへらと笑うりん香は、一通り言葉を重ねると、けろっとした顔で言ってのけた。
会話のキャッチボールなどできておらず、りん香の話など紫璃の頭の中には入っていなかった。
それでも満足気にベンチから立ち上がると、座ったままの紫璃に向かって手を差し出していた。
「……ごめんね。ちょっとだけ、手、握ってもらってもいい?」
いつもであれば強引なまでに手を引くであろうその女性は、今日に限ってなぜか謙虚な姿勢を見せる。紫璃がおずおずと差し出したその手をとると、りん香の手はずいぶんと冷え込んでいた。
「うん。ありがと! ごめんね! 彼女とお楽しみに〜」
そう言って、公園を足早に去っていくりん香は、台風みたいな女だった。