偽りのヒーロー
「じゃな。風邪ひくなよ。今度はもっと色気のあるやつ期待してる」
菜子の家まで来ると、ニッと意地悪な笑みを浮かべて冗談めいた言葉を零した。
昨日の今日で、というか、さっきの今で、よくもこんなに余裕があるものだな、と感心にも似た感情を抱いていた。とても肌を重ねたとは思えない余裕の表情は、経験の差というのを直に思わせるものだ。
「今、営業時間だから。店から声聞こえるかもしれないけど、しばらくは家には来ないから」
紫璃のその言葉に、どんなに菜子が身体を強張らせたものか。
一握りの覚悟を持っていったものの、虚勢の覚悟だったことは、紫璃の部屋にあがってすぐに思い知らされた。
ベッドに腰かける紫璃に対して、不自然に床に座って向かい合う菜子の姿は、さぞ滑稽だったと思う。
かちこちに固まった服の裾から紫璃の手の温度を感じ取ったときには、もう顔があげられないとまで思ったものだ。
こうして家まで送ってくれたのだから、恥ずかしさも峠を越えたといえるだろう。
しかし冬休みというのは便利なものだ。日常よりもわずかながらゆとりのある時間をくれるのだから、くずれた表情を整えるには、十分な時間といえよう。
部屋に戻ると、菜子は紫璃からもらった紙袋をあけた。
きれいな紙袋の中に、これまた綺麗にラッピングされている小さな包み。箱を開けてみれば、自分では手を出さないようなちょっと高価な化粧品。
開けて見れば、まだ粉のついていない鏡に映る自分が、綺麗に見えるような気がしている。