偽りのヒーロー
冬の匂いを鼻で感じながら、うつつを抜かしていたある日。
3学期ももうすぐそこだという日、バイトが終わったあとに、菜子は一人街中を歩いていた。年末年始に溜まった、発売日のずれた漫画たちを狩りにでも行くかと思っていたからだった。
既に会社の始まっている社会人風の人達が、せかせかと歩きつつ、片手に携帯を持ちながら何やらああだこうだと話している。
サラリーマンを横目で見つつも、書店に向かうその道すがら、頭一つ出た見慣れた後姿を捉えた。
一目でレオだとわかったが、自分から話しかけるのも少し億劫だ。
冬休みに入る前、世間話みたいに告白をされたこともあって、反応に困ってしまうのだ。とは言っても、何もなかったかのように連絡がきていたし、菜子もそれに返して、という日々が続いていた。
告白の返事をねだるわけでもなく、むしろその話に触れることもない。取り立てて蒸し返すのもおこがましい気がして、菜子から言うのは控えようかな、と思っていた矢先のことだった。
「菜子!」
ひと際高い位置でひらひらと手を振るレオが、菜子の姿を捉えたようだった。パタパタと駆け寄ってくるのが犬のように思えて、菜子は思わず笑みを零した。
「こっちまで来るの珍しいじゃん。バイトは?」
「今終わったところ。新刊探しに来たんだけどさ、あっちの方にはなくて、こっち来た」
「へー、そっかー。新年早々会えるのなんて運いいな、俺! 正月にさー、おみくじ引いたけど大吉だったし!」
グッと親指を立てたレオは、満面の笑みでいかにも饒舌だ。
行きつけの書店が数件ある中、その中の一軒に立ち寄るつもりがレオに遭遇するなんて、偶然に違いない。
しかしそれを運がいいとか、大吉だとか、そんなことを言われてしまえば、好意をぶつけられているようにも思えて、反応が鈍くなる
。それも驕りだ、自慰意識過剰だと言われてさえしまえば、恥ずかしくてたちまち穴にも入りたくなりそうなものだけれど。