偽りのヒーロー




 菜子の頭に浮かんでいたのは、泣きそうに顔を歪めたレオの顔。けらけらと陽気に笑う人の涙を堪えた顔は、どうにも頭にこびりついて離れない。

はっきりと言ってしまえば、あの目から、今度はきっと涙が伝ってしまうだろう。それを耐えられないと思うのは、ずるいことなのだろうか。

そんなことで頭を悩ますことが、気分が良くないという大きな理由なのだ。



「……ずるいよね」



 ぽつりと漏らした菜子の弱音とも言える言葉に、菖蒲は何も言わなかった。束の間の静寂が流れている。俯いた菜子の頭は、上がることはない。



「どうだろうね」



 濁した菖蒲の言葉が、今は辛かった。

本当は、ずるい、と言ってほしい。ひとりよがりの保身のための迷いだと、言葉で罵ってほしいくらいだった。いっそのこと誰かがせめてくれたほうが、楽になれるのに。

苦しいままのこの感情は、自分で清算するほかないのに、歯切れの悪い自分自身に苛立っている、菜子だった。









「菜子ちゃーん。注文が入ったんだけど、ブーケ頼んでいいかな?」

「え? 私ですか?」

「うん。さっき注文の電話が来たんだけど。指名でね。お宅のバイトの女の子に頼めませんかって」

「そうですか。誰だろ……」



 ある日を境に、バイト先に度々花束の注文が入るようになった。



1000円〜2000円くらいの、小さめの花束だ。

どこの誰が注文しているのかはわからない。注文する名前を伺うのが常だが、「サトウ」といかにもどこにでもいそうな名前の客。



とるに足らない疑惑かもしれないが、わざわざつたない経験の菜子を指名してくるのに、些か疑問を持っていた。




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