偽りのヒーロー
常連客というのは、どこにでもいるもので、菜子のバイト先も例に漏れず、常連客というのがいる。
お盆時に必ずくる家族連れのお客さんや、近くに住んでいるであろう子どもが、500円を握りしめて、母の日のカーネーションを買いに来ることもある。
親しみのある、街の花屋。新規の客は嬉しいものだが、菜子にとっては不思議でならなかった。
「また今日も注文来てたよ」
そう言って店長が注文の伝票とメモ書きを持ってきた。何度か注文をくれるサトウという客のおかげか、ブーケづくりも次第に手慣れたものになっていた。
予想外に経験を積めて意気揚々としている菜子が、店長に渡されたメモを見て、息を詰まらせた。
黄 カーネーション
店長のミミズのような文字で走り書きされたそれは、菜子が驚いても仕方がない。
一般的に慣れ親しまれているカーネーションは、赤やピンクが多いだろう。それも母の日の売り上げが群を抜いている。
バイトを初めて間もない頃は、初めて見た黄色いカーネーションに衝撃を受けたものだが、それに込められた花言葉を知って、綺麗なのにも関わらず、それ、と注文がない限り祝いの花束にはあまり使われないのも納得した。
〝軽蔑〟——あまりいい意味を持たない黄色いカーネションも、その綺麗さに数本購入していく客もいる。
勘ぐりすぎか、と思うも、花束の注文。
誰かにあげることを想定したものであれば、他の黄色い花を扱うべきかと店長に訪ねた。
「ううん。黄色いの入れてあげて。俺のほうで確認したけど、黄色いカーネーションがいいんだって」
「でも、大丈夫ですかね。悪い感じに捉えられたら……」
「うーん。まあ、花言葉っていろいろあるけど、単純に綺麗な花だからって人もいるしね。お客様が入れてくださいって言ったんだから、入れた方がいいね」
「そうですか……。……ですよね。綺麗ですしね」
「うん。ここらへんじゃうちしか黄色いの扱ってないからね。にしても菜子ちゃんよく覚えてるねー、花の意味」
思わず褒められたことに舞い上がり、へへへ、と照れ笑いをした。
店の奥で「私も好きよ、黄色いの」と店長夫人が話しているのを聞いた菜子は、すっかりと疑念が去っていたことに気づかなかった。