偽りのヒーロー



「どうせだったらこっち向いてれば良かったのに」



 頭の上から降ってくるレオの声に、「さすがにそれは気まずいでしょ」と菜子が笑いながら返す。数駅の間、開かずの扉になった片側の扉から、菜子はただただ外の景色を眺めていた。




 学校の最寄り駅まであと二駅。快速の止まる駅で、電車の中から一気に人混みから解放される。

ホームに降りた数多の人が足早に改札に向かう光景を眺めていると、ふと菜子の視界が暗くなった。



「えっ、なに? レオ? やめてよ、なに?」



 突然視界を覆ったその手のひらを、菜子はぺたぺたと触っていた。その大きい手のひらが、すぐにレオのものだとわかって声をかける。

電車が動き出すと、ようやくレオの手のひらが外されて、視界が急に明るくなって、何度も何度も瞬きをした。



 ゆとりのできた車内の中で、菜子は振り向き体勢を変えた。

手すりをぎゅっと掴んだ菖蒲に、眉間に皺を寄せるレオ。未蔓は淡々と携帯をいじっていたけれど、喜ばしい雰囲気ではないことはわかった。

ガタンゴトン、と規則的な音と揺れ。

静寂をかき消すような、電車の音。



「……なんか見た?」



 なんでもない言葉を、レオは重苦しい雰囲気で言っている。菜子が首を傾げると、レオは安堵したように、「そっか」と笑みを漏らしていた。


 「じゃあね」と手を振ると、菖蒲とレオが一足先に帰路に着く。



未蔓と二人になった空間で、菜子は上げていた口角を、真一文字に結んだ。







「……紫璃、女の人と、いたね」



 気の置けない幼馴染と二人きりになると、菜子がはぽつりと言葉を発した。

ようやく、レオと菖蒲がいなくなった帰路になって、やっと、菜子は未蔓にそれを言った。


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