偽りのヒーロー
本当は、しかとこの目で捉えていた。
紫璃と、知らない女の人が二人並んで、階段を上がっていくところを。
仲睦まじい仲と言われれば疑う余地もないような、その距離感。加えて紫璃の笑った顔。
身体中に、重しをのせられたかの如く、だるくなったようだった。
未蔓も菖蒲も、そしてレオも。同じ方向を向いていたのだから、きっと目撃していたのだろう。
あのよそよそしい態度が、そう言っている。レオの突然覆いかぶされたあの手も、意図的に菜子の視界を遮断するもだったといえるだろう。
「浮気って決めつけるのは早いでしょ。俺だってこうやって菜子と二人で歩いてる」
「……うん。そうだよね」
「ゆっくり歩いて帰ろ。それまでには、泣き止んで」
「……泣いてないし」
「ふーん」
ぼろぼろと、せき止められないような涙じゃない。
少しだけ滲んだ水を、拭うように袖を目元にあてた。擦りあげて赤くならないように、ぽふぽふと頼りない音を漏らして。
未蔓と歩いた家までの道のりは、ゆっくり歩いたはずなのに、いつもより早く感じた。
紫璃の笑った顔が、あまりにも優しい笑顔をしていたから、菜子の頭からなくなることはなかった。