偽りのヒーロー



 翌日学校へ行くと、未蔓はもちろんのこと、菖蒲もレオも、変わりない、いつものみんなの姿だった。くだらない世間話で笑って、時には授業に眠気を誘う先生の抑揚のない声を聞いたりしていた。



 明日は休日だ。ゆっくりと、頭の中を整理できる。

そんなことを考えていたら、いつの間にか6時間目の授業が終わっていた。



「菜子、今日バイト?」 



 教室に迎えに来た紫璃に安堵し駆け寄ろうとすると、レオにその道を塞がれた。

「何?」と不思議そうな顔を向ける菜子に、レオは表情を変えず、紫璃の肩を叩いている。



「紫璃と今日約束してっから。悪いけど、菜子は先に帰ってよ」

「はあ? 俺、お前と約束なんか……」

「なんだよー。忘れたのかよ、ひでえなあ。遊びに行く約束したじゃん」



 菜子からレオの表情は読み取れない。大きな背中ばかりが見えていて、紫璃の訝し気な顔しか窺い知ることしかできなかった。



「そうなの?」


 レオのその背中越しに菜子が顔を出すと、「ん」と笑顔を向けられる。

紫璃のその笑顔さえ見られれば、一挙に安心感に包まれて、菜子は先に帰ることにした。








「……紫璃。ちょっとこっち来て」



 レオは帰るはずの紫璃の足を止めた。菜子がカバンを持って階段を下るのを確認すると、教室の中で紫璃を手招いた。

椅子に座るよう促すと、予想外に引き止められた紫璃は、いかにも不服そうな感情を隠していなかったが、不満気な態度は、レオも同じだった。



「何。なんか用あるんじゃねえの」



 意地悪く笑う紫璃に、レオは苛々しているようだ。



「昨日、一緒にいた女、誰?」

「はあ?」

「誰?」

「……何。どこで見たってんだよ」

「ゆりヶ丘駅。誰?」



 図らずも、昨日目撃してしまった事実を、レオはどうしても紫璃の口から聞きたかった。


手を繋いでいたわけではない。紫璃の手はコートのポケットの中に入っていたのが見えたからだ。

しかし、女の手は、紫璃の腕を掴んでいた。いや、組んでいたというのが正しいだろう。



同じ場所を見ていた菖蒲だって見ていた。未蔓はわからない。
けれど菖蒲の目はしっかりと紫璃と誰かわからない女の二人を捉えていた。

呆気にとられた菖蒲の目と、レオの目が合ったからだ。


< 303 / 425 >

この作品をシェア

pagetop