偽りのヒーロー
菜子が教室からいなくなった休み時間、すぐに口裏を合わせるかのようにレオと菖蒲は言葉を交わした。やはり菖蒲も見ていたと言っていが。
レオが自身の目で見た組んだ腕のことは話しに出て来なかった。菖蒲はさほど身長も高くない。
混雑した車内から、そうはっきりとは見えなかったのかもしれないけれど。
「レオには関係ないだろ」
突っぱねるような紫璃の言葉に、レオは声を荒げることはない。静かに話す様子が、紫璃の胸を突風を吹きすさぶ。
「……菜子もいた」
「は?」
「遊びに行った帰り、たまたま駅で会っただけど」
「……」
「紫璃は何やってんの、女と二人で。偶然会ったわけじゃないだろ。腕組んで。お前の家に近くもない駅で降りて。……何やってんだよ。お前、昨日の人と冬休みも一緒にいただろ」
振り絞るようなレオの声は、紫璃の頭に大きく木霊していた。怒り狂って大声をあげるわけでもない。殴りつけるわけでもない。
それでもその静かな声色に、怒りが込められているのは、明確だった。
「俺、菜子に好きだって言ったんだ」
「……」
「でも菜子は紫璃が好きなんだってさ。大事な人なんだと。なのに、紫璃は誰と一緒にいたんだよ」
「……それは、菜子が言った、……のか」
そういう紫璃の言葉にレオは何も答えなかった。静かな空気が流れる中、制服の擦れる音だけが響いている。
その瞬間、レオの制服のポケットの中から、煌々ときらめきが放たれた。
「ごめん、ちょっと電話出る。……ミッツ、どした?」
「レオもう学校出た?」
「いや、まだ学校いるよ」
「そう、よかった。菜子の携帯ないんだって。学校に忘れたかもって言ってるんだけど、菜子の机の中見てくれない」
レオの携帯を鳴らしたのは、未蔓からの電話だった。菜子の机の中を覗いたレオが、「あったあった」と受話器の向こうに告げていた。
「持ってく?」
「や、どこにあるかがわかればいいって言ってる」
「俺が持ってく」