偽りのヒーロー
プルルルルル プルルルルル
菜子の家に、エントランスのオーロックの開錠を求める音が響いていた。菜子がモニターを除けば、そこには紫璃の姿が映っていた。
慌てて紫璃を迎え入れれば、携帯を差し出された。
「あれ、良いって言ったはずなのに。紫璃、わざわざ持ってきてくれたの? ごめん、遠かったでしょ」
「んーん」
「ありがとう」
「菜子に会いたくなったから、ついでに届けただけ」
「何言ってんだか。さっき顔見たばっかだよ」
「それでも会いたくなった」
意地の悪い笑みを浮かべる紫璃は、ついさっきまで一緒に居たこともお構いなしに、甘い台詞を吐いている。
菜子の家の玄関先で、顔を見合わせる空気をぶち壊すかのように、
「ちょっとじゃましないでよっ」
「だって、あれ、ちゅーすんじゃねえの」
なんて幼い声が聞こえてきてきた。
くるっと振り返った菜子は、紫璃に背を向けると、「部屋戻ってなさいっ」と、笑い交じりに声を荒げた。
幼い声の主たちが、次々にキャッキャッと部屋の中に舞い戻ると、パタパタと軽い足音が静かになった。
「ふはっ。誰か来てんの?」
「うん。楓の友達が遊びに来てて……」
玄関に並んだいくつかの小さな靴を見ながら、紫璃がぶはっと噴き出していた。
菜子がその足元を見てみれば、紫璃の靴の半分しかないくらいに小さな靴は、玩具みたいに見えた。肩を揺らして笑う紫璃に、「上がってく?」と廊下の橋に身体を寄せた。
「んーん。いいわ。俺がいたら気ぃ遣うかもだろ」
「そんなことないよ」
「その代わり、明日デートしよ」
紫璃の誘いに菜子が笑みを向けると、口づけが落とされた。慌てて後ろを振り返ると、そこに楓たちはいなかった。
紫璃と菜子以外の二人しか知らないキスに安堵すると、紫璃は頭を撫で回してドアノブに手をかけた。
「じゃあな」
「ん。ありがとね。助かった!」
ひらひらと手を振ると、ドアが閉まりきるまで玄関先に立ち尽くしていた。