偽りのヒーロー
「菜子」
「おわ、未蔓も来たの。雨すごいね」
駅に着いたところで、すぐさま電車に乗ることが許されないくらいにずぶ濡れになっていた。カバンを漁ろうと隅によって俯いたところに声をかけてきたのは未蔓だ。
びしょびしょになった髪の毛から、ぽたぽた雫が落ちている。タオルもなくて、なけなしのハンカチで顔を拭うと、バサッと視界が遮られた。
「何……」
「着た方良い。透けてる」
セーラー服が水気を含んで、ぺったりと体のラインを拾って張りついていた。
心なしか、淡いブルーが見えていて、「やばいやばい」とそそくさと未蔓のジャージに袖を通す。濡れた手でファスナーを上手くかみ合わせられなくてもどかしい。
必死に下を向いて格闘していると、再び頭に重みを感じて、今度のそれはしっとりと水気を含んでいた。
「菜子の下着とか、見せる暴力だから」
「うるさいな」
けたけた笑いながら頭を拭いてくれているそれは、未蔓の半そでシャツ。既にしっとりとしているのは、我先にと未蔓が自分の頭を拭いていたからだった。
「これ何日洗ってないの」
「知らない」
ありがとうと言う言葉の代わりに、茶化し合いながら電車に乗った。
おかげで無事に家まで帰ることができたのだが、一向に雨が止む気配は感じられなかった。
ずっしり重くなった制服を洗濯機に突っ込んで、ばりっと乾いたシャツに着替えると、誰もいない静かな家の中から、再び外に足を向けた。今度は傘と、何枚かのタオルも持って。
近所の小さな子たちが集まる公園に、やはり先客がいたようだ。
遊具の中に小さな男の子がぽつねんと膝を抱えて座っていて、声をかけると勢いよく飛び出してくる。
「おねっちゃん!」
せっかく差した傘が台無しだ。地面に落ちた傘を肩に預けると、ガシガシと頭を拭いた。しっかりと小さな手を握って、その日は二人でお風呂に入ったのだった。