偽りのヒーロー
静まり返ったその箱の中に、菜子が笑い声をあげた。
「いいよ、気ぃ遣わないで。別にその人だけじゃないじゃん。紫璃は何にも彼女いたでしょー。私みたいのがつき合えたのが奇跡……って、ごめん、ちょっとへこむね」
それまで談笑、及び傍観していた和馬以外のメンバーも、菜子を励ますような冗談を並べていた。
茉莉は気を遣ってか、和馬の首元をぐいぐいと締めている。「ギブ、ギブ!」と和馬の悲鳴が何度も聞こえてきて、菜子は結んだ口の口角を上げた。
「……なんで私のことそんなに聞くんだろ」
ぽつりと漏らした菜子の茶化した言葉は、本人の気持ちと相反してよそよそしい空気が流れていた。
「和馬、あんた写真とかもらいなさいよ。てか名前とか知らないの? 気ぃ利かないわね!」
茉莉の提案に、和馬は菜子の手からするりと携帯を取っていく。
ぺこぺこと画面をタップすると、すぐに既読がついていた。食い入るように、和馬の携帯に視線を落とすと、噴き出しが数個、並んでいた。
佐藤りん香
ごめん、写真はないな
あとで卒アルかなんか探して送るな
てか連絡先どうする? 菜子ちゃんに聞いてくれた?
「教えないほうよくない? 怪しいって、絶対」
横から聞こえた助言に耳を貸した菜子は、佐藤という文字しか見えていなかった。その文字だけにピントが合ったかのように、こびりついた、佐藤の文字。
それから何を話したのかはよく覚えていなかったが、教室に戻ったあとに、レオが勢いよく肩を揺らして我に返ったのは実感した。
心配そうに見つめる菖蒲に、携帯を見つめて淡々のゲームをしている未蔓。
ふふ、と菜子が薄く笑みを漏らせば、レオは納得がいかないといったようにむくれた顔が菜子の目に映っていた。