偽りのヒーロー
紫璃の元カノが菜子を探っているかのような連絡をしていることを知った日も、その翌日も。
「佐藤」という名前が気にかかりつつも、バイトに励む日々だった。
もう何回、菜子がブーケを作っただろうか。そして、それが何度捨てられていただろうか。
菜子が捨てられたそのブーケを見たのは2回ほどだ。
けれど、たまたま店長たちの家の中に上がらせてもらう機会があった際に、見えにくい場所にブーケがそっと置かれているのを見てしまった。
自分が見ている以外にも、もっと多くの頻度で廃棄されたものを見つけていたのだろう。アルバイトを気遣ってのその優しさも、菜子には心の中を抉るほど痛いくらいだ。
迷惑をかけてしまっているだろう。自分の中で留めておくにも、もう菜子の中にはおさまらないほどだった。
あくる日もあくる日も、努めて普段通りの生活を送っていた菜子は、一人帰路についていた。
バイトのない日が、学校から駅までの道のりを紫璃が一緒に歩いてくれる。もう、それだけでも十分だったのに。
「菜子ちゃん!? ごめん、今からお店に出て来れないかな!?」
シフトは休みのはずだった日に、店長夫人から突然の電話が鳴り響いた。狼狽えている声が、受話器越しにも感じ取れる。
慌てて歩いていた道のりを引き返すと、店に着いて早々、バタバタとカバンを持った店長夫人が待ち構えていた。
「ごめんね、今日お休みだったのに……」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、大丈夫ですか?」
ぐったりとした子どもを抱いた夫人が、小さな額に手を当てていた。顔が赤く、息も荒い。高熱が上がっているのは間違いない。
「起きたら何回も嘔吐してて……。ごめんね、店長今配達に行ってて、連絡つかなくて」
「大丈夫です。そしたら店番してますから。病院行ってください。店長が帰ってきたら伝えておきます」
「ありがとう。私も、落ち着いたら連絡するからね」
慌ただしく道路へ出ると、タクシーを捕まえて、急ぎ足で病院に向かって行った。
青ざめていた顔が、子供をどれだけ心配しているかがひしひしと菜子に伝わっていた。
その反面、隠している暇もなかったのだろう、ぞんざいな姿になったブーケがひっそりと作業台の下に押し込められていた。
「何個目だろ……」