偽りのヒーロー


 頭を冷やそう、そう思ってごろごろとベッドに身を投げるも、ちっとも瞼が重くならなかった。こんなときに限って目が冴えるなんて、不便なものだ。



 明るくなった携帯の画面から、ぶるぶると震えるマナーモードの設定を切った。

何度も何度も着信を重ねる紫璃の名前を気にしなくていいように、音も鳴らない震えない、サイレントモードに設定を切り替えた。



 ようやく眠気が来たかと思えば、時計の針は二時を指そうとしていた。照明を消して暗くなった部屋で、カチコチと規則的なリズムに、眠気も一層深くなる、深夜。

バタバタと扉を開け閉めする音が、鳴り響いている。このまま寝そべっているわけにもいかないほどの、あわただしさ。上着を羽織って、部屋の外に見てみれば、父があたふたと部屋から飛び出してきた。



「どうしたの?」

「あ、菜子、悪い。体温計どこだったっけ!?」



 父の焦りを垂れ流すその声に、菜子が棚の引出しを開けて体温計を手渡した。

焦って父のあとを追うと、開け放たれたドアの隙間から異臭が漂ってきていた。嘔吐しぜえぜえと荒い息の楓が、涙ながらに口元を拭いていた。



 異変を感じて、菜子はすぐにタオルもろもろをかき集めた。

体温計が、楓の脇に挟まれて体温を測る間、汚れた楓のパジャマを着替えさせ、シーツもすぐにベッドから引き離した。



「40,2度……高いな」

「楓、うがいできる?」



 体温計を確認した父の声が、楓の背中を擦る菜子の耳にも届いていた。



「救急連れてった方がいいか……。朝まで待った方がいいか!? どうしたら……」

「あ、お父さん。電話しようよ、とりあえず。確か小児救急の緊急連絡番号があったはず……」

「あ、ああ。そうか」



 ごそごそと診察券やお薬手帳が保管されている引出しを漁れば、確かに小児救急の電話番号が書かれていたノートがあった。母が書いた、数字の羅列。

そうしている間も、楓がぐずぐずと泣いていた。具合が悪くて一人で立つのが辛いのか、菜子の手をきゅっと握っていた。



「楓。おいで」



 抱き上げた身体は、ホッカイロみたいに熱く感じた。父が電話をしている間、菜子はリビングのソファーに移動する。

少しの間、楓を横にさせようと思ったが、離れたがらず、菜子は抱き抱えたまま背中をぽんぽんと叩いていた。


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